82’s

オバサン

2000年 5月20日

昨日、父が永眠して落ち着いてから初めて病院のある隣町に行った。
用は買い物だったんだけど(爆)地元よりも病院がある隣町の方が物価が安いから、わざわざ電車一駅乗って行った、と云う訳だ。
往復で220円。実際シャンプー、トリートメントなどを購入してきたんだけど、220円かけて買うのだったら地元で買った方が安いんだけど(爆)
何でかって云うと、父がずっと入院していた時に回数券をごっそり買っていたので、それが余っているからなのだ。こういう時にまたもや父のことを思い出す。
父のことで残ったものがあれやこれやと出てきては『もう病院に通わなくてもよくなっちゃったんだ』って思い知らされる昨今。
どうせ隣町まで来たんだから、ってことで、病院の近くに住んでいるKへー君とKみちゃんの家に帰りに寄ることにした。
で、帰りに寄って暫く話し込んでいたら、ダンナからメールが入って、帰ってくると云う。
いつも会社で仲良しのW君が実家に帰っている為、飲み会の音頭を取る彼が居ないので、早々に帰宅すると云う訳だ。
どうせ早く帰宅するのだったら、ってことで結局Kみちゃんたちと買い出しをして、そこで飲み会をすることにした。
先日のクルマのクラブの総会で買ってきた〆張鶴があるから、みんなで呑もうってことになったのだ。
たまたまKへー君はネットオークションで購入したクルマのパーツを取りに行くことになっていて、自分だけでクルマで先に先方に向かい、後から合流することになっていた。
ダンナと合流しつつ買い出しをして、Kみちゃんの家に到着し、Kへー君が暫く帰って来そうにないから先に始めることにした。
そこで、とてもショックなことがあった。
ダンナがこの前の総会の時のことを話したのだが、私が冗談交じりで話した言葉に対して、それが「オバサン入っている」って。
凄いショックな言葉だった。私は既に老化が始まっているってことだ。
そりゃあ三十路を過ぎているんだし、近所の子供からオバサンと云われるのはしょうがないとは思っている。が、自分のダンナの口からその言葉を聞くとは思ってもみなかった。
自分に自覚が無かった分、相当堪えた言葉だった。
確かにそう云われてもしょうがない生活はしている。
毎日、昼ドラ、ワイドショーを観て、夕方に買い物に行って、日中は掃除や洗濯。
はっきり云って、オバサンの何者でもない生活を送っているのだ。
でもそれはしょうがないじゃない。
友だちに呑みに誘われても、自分で稼いだお金じゃないので、当然だけど呑みにも行けないのだ。
友人の仕事が終わる夕方に待ち合わせをして、買い物に行こうという誘いを今まで何度断ったことか。
ストレスが溜まってしょうがない、この毎日の生活で、新鮮なものだって何もないし、自分がやるべき事だって(今までは何度もここに書いたけど父の病院に行くのが毎日の日課だったので)今は探している最中だ。
普通に専業主婦をしている主婦の人たちは、どうやって日々の生活を送っているのだろうか。
自分の欲しい服やものはどうやって買っているのだろうか。
元来、家のことをやるのは当然だって世のダンナどもは云っているけど、主婦ほど重労働な仕事はないと思う。それでいて、食べさせているのは当然だって豪語されるのだ。
主婦にしたらたまったもんじゃない。
自分だって家のことをちゃんと仕事しているのに、お小遣いもない、ただ働きされているのにデカイ顔されて居る主婦は世にいっぱい居るに違いない。
法律で主婦の日割り制でも作ってくれればいいのに…と何度思ったことか。
だから自分で仕事をするしかないのだが、結局仕事をするにしても主婦だとちゃんとした仕事に付くのが難しい時代だ。技術職なのに、結婚した途端「どうせ直ぐに子供を作るでしょ?」って面接で何社の人に云われたことか。ほんとに不公平だ。
なにが男女平等だっ。実際全く平等ではないのだ。
で、たまに仕事したって途中でポシャッて、その働いた分ちゃんと支払って貰えるのかどうかも危ない。
知り合いから「仕事があるからやらない?」って云われ続けて、今までちゃんと最後まで仕事が完成したことだって一度もない。何だか云いように遊ばれている状態だ。
それがず〜っと何度も何度も続けば、いい加減こっちだってうんざりする。
それは当然だろうって私は豪語したい。騙されているみたいなものだ。
だからもう知り合いからの仕事は受けたくないって思ってしまう。当然だっ!
今まで私が思い知られ続けてきたんだから、そう思われたって何も云えないハズだ。
だから結局、自分の自由になるお金がない状態で、結局悪循環でストレスだけが溜まりに溜まるのだ。
こんな生活もううんざり。
自分のことをもっとちゃんと考えなければ。
それよりもオバサンは相当堪えた言葉だった。
はっきり云って悔しいっ。

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こまったちゃん

2000年 5月19日

コロの盛りが全く終わらなくて困っている。
今年はとても長い。このまま行けば、年の半分は盛っていることになっちゃう(^_^;) 困ったものだ。
だから部屋中が何だか臭い。これが一番堪えている。
臭い取りのスプレーをしたって、結局はアンモニアの臭いが強いので、一瞬は消えてもまた復活。
いい加減イヤになる。どうしてちゃんとトイレでようを足さないのだろうか。
猫砂を引いても、今ではすっかりベッドになっちゃっているトイレ。
至る所にオシッコをするので、臭いが充満するのも無理はない。
だから前のようにハンモックを付けたのだけど、そっちで寝る時もあれば、トイレの女王になっているし…いつになったらこの生活が終わるのか、誰か教えて欲しい。

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徒然

2000年 5月17日

15日の月曜に総会で撮った写真の現像を出して上がってきた写真を見て吃驚した。
殆どが露出不足で暗い。なんでだろう…はてはて。
今回は全部ダンナが撮っていた。がカメラは2台持っていった。一台は私のCannon AE1 Progrum。
もう一台はダンナのパパの形見であるNicon F。
AE1はフルマニュアル、セミマニュアル、フルオート、とどれでも撮れるがFはフルマニュアルだ。
しかし、Webに載せる用に取材の時、ついでにFでプロのカメラマンに4枚撮って貰った写真だけは完璧だった(爆)やっぱりカメラって難しいねぇ。

昨日は従姉妹と渋谷に劇場版「アナザヘヴン」を見に行ってきた。
犯人は何だか…・うーんって感じ。
まぁああいう系の話はこういう終わり方しか出来ないよね…って感じの終わり方だった。
TV版とちょっとだけリンクしているのだが、話の筋自体は根本的には違ってきているので、TV版の終わり方がどんなもんなちょっと楽しみではある。
まぁ面白いっちゃあ面白いけどね。
しかし、R15指定だけあって、ちょっとグロかった。
脳みそを頭から出しちゃっている連続猟期殺人から始まるのだが、そのシーンがねぇ…。
その脳みそで料理していくんだもん、どんどん食べられなくなっちゃうメニューが増えるって話にもなっているんだけど、けっこうエグい描写だった(爆)
まぁ私は多分問題なく食べられると思うけどね(爆)
でも結構リアルで良く出来ているなぁ、特撮が。そう思いながら観てきた映画だった。
今度は今月末にまた従姉妹とジュリア・ロバーツが主演の映画を見に行く予定。
招待券を貰ったんだよね。楽しみだよ(^-^)

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お裾分け

2000年 5月11日

さっきまでKへーくんとKみちゃんが家に来ていた。
今回は、トマトとメロンを持ってきてくれたのだ。いつもいつもありがとー(^-^)
私は解禁になったので、自転車で昨日はずっと実家に行っていた。
父の関係ので手続きの嵐で、私もその関係で呼ばれたのだ。
最近彼らとは良く会うし良く遊ぶ。
ご近所に親しい人がいるととても楽しいよね。ふふふっ。

最近、昼ドラに嵌まっている。
「あっとほーむ」というドラマだ。たまたま従姉妹が家に遊びに来て、その時「このドラマは見ているからここで見てもいい?」ってことになって、一緒になって見ていたらついつい続きが気になっちゃって、それからずっと見ている。
何だか下らないと云えばそれまでなんだが、どうも後を引いちゃって(爆)ついつい見ちゃっている。
実際、面白いしね。
昔の自分は、結婚したって仕事バリバリしちゃって、普通の主婦みたいなワイドショーとか昼ドラなどには無縁の生活を送るだろうって思っていた時期があったが、現実の私は、正に典型的な主婦になっている(爆)
唯、ちょっと違うのは、さほど老け込んではいないと思うんだけど、いつぞやだったか前の会社に顔を出した時、上司Oさんに「そんな生活していると老け込むぞっ」と云われたことがあった。
危ないから頑張って老け込まないようにしなくっちゃ。
でも昼間ってついついTV付けちゃうんだよね(爆)

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タケノコ

2000年 5月9日

前日のメールを書き上げた後、例のキッズステーションという、22時から始まるアニメばっかりのケーブル番組で、エヴァをやっていた。
たまたまTVを付けた時はすでに劇場版の終わりの方で、しかも前回見た時の尻切れトンボで終わった辺りだった。
やっぱりそこで終わったのだが、前回と違ったのは最後に『つづく』が出たこと。
その後、その続きが放映された。第26話として。
どうも劇場版のビデオを発売する時に最後の書き下ろしをしたらしく、これで納得って感じだった。
結局、最後まで観れたのは、劇場が公開されてから2年も後だ(爆)
まぁいいんだけどね。あの作品はそれなりに面白かったなぁって思った。

で、日曜のに夕方に(´▽`)がタケノコをママチャリで駒沢大学から取りに来てくれた(^-^)
前のボロ屋にも(´▽`)は来ていたので、今回、初のマンションにとっても感激と驚きを示していた。特に、庭をとても気に入ったようで(爆)
「BBQをする時は絶対に声をかけてね。そしてオレはここの庭の芝刈りをするし」
と云っていた(爆)頼もしいっす(´▽`)
私の友だち、おかん、従姉妹など兎に角タケノコをお裾分けしたところは一斉にどこもタケノコご飯を作っているので、何だかちょっと可笑しい(爆)
そう云えば、どこからも云われるけれど、おばあちゃんちのタケノコは大きいけど柔らかくて美味しいって大評判だ。
事実、実際タケノコって頭が出るか出ないかってところを掘るけど、おばあちゃんのところでは下手すりや地面から20〜30センチ出ているものを掘っている。
だからひとつひとつが大きいんだけど、美味しいから不思議だ。
しかもどんどん掘らないと(竹林は台所のすぐ裏手にあるので)台所の方にまでタケノコが進出してくるのでキケンなのだ。その内台所を突き破るんじゃないかってちょっとヒヤヒヤしているらしい。だから掘っても掘っても出てくるから、大きくなりつつあるものからどんどん掘っていく。でも美味しいから嬉しい。
そう云えば、ダンナは珍味系が好きではないのだが、私は大好きなので、おばあちゃんの家で食べれる珍味系はちょっと期待している。
この前は初めてワラビのお刺身を食べた。普通ワラビもタケノコと一緒で灰汁が強いから一度灰汁抜きするのに茹でるけど、取れたては新鮮で灰汁も弱いから、そのまま生で食べられるのだ。
初めて食べたけど、とっても柔らかくて甘みがあって美味しかった。
因みにタケノコのお刺身も久々に食べた。今回はごまだれのドレッシングだけをかけて食べたけどこれって結構旨い。驚きだ。
お正月に行った時は生の福寿草におかかをふりかけたものも食べたし、この前行った時はのびるというらっきょうみたいな山菜? も食べた。
こごみやたらの芽の天ぷらも美味しい。おばあちゃんちは自然の宝庫だ(^-^)
だけどダンナはそういうのが、好みではないらしい。
私はのんべえだった父の血を引いているので、そういう自然系の珍味は大好物だ(爆)
だからおばあちゃんは、そういう私の好みをちゃんと分かってくれているので、遊びに行くといつもそういう料理でもてなしてくれる。
それが凄く嬉しい(^-^)
菜の花の辛子和えも大好物だが、ダンナは食べないので家の食卓には上がらなくなった。
だからそういうものは実家で食べるようにしている。

そう云えば、日曜昼に起きた時、左目が潰れていて驚いた。
目脂と涙で睫毛がガビガビに固まって瞼が開かなくなっていた。
こんなことは初めてだったので吃驚したが、月曜に眼科に行こうと思っていたのだ。
が、(´▽`)が来ていた時は全然元気だったのに、夜から急に調子が悪くなって食欲も減退。
間接や節々が痛いなぁって思いつつ熱を計ったら、8度。
薬を飲んで早めに寝てしまった。
で、月曜、朝起きても節々が痛いなぁ、イヤな予感するなぁって思いつつ熱を計ったら9度近く。
頓服飲んで昼まで寝てた。で、目は左目が酷かったのに右目も侵されていた。
夕方、熱が下がったので眼科に行ったら、感染性結膜炎と診断された。
何から感染したのかちょっと疑惑。
熱の方はリンパが腫れていたので、それで出た模様。
まぁ所謂風邪だ(爆)
まぁ父のこともあって気が緩んだからどっときそうだなぁとは思っていたんだけどね。
しかしこんなに目脂って出るもんなんだって自分でも感心しながら驚いているっす(爆)

数時間前にあやから近代麻雀オリジナルの広告が出ていたってメールが来た。
そうだ、すっかり発売日だったことを忘れていた。
この日記を書く前にコンビニに行って買ってきた。
アシをしている時はページもバラバラで貰って麻雀牌を歪ませているので、実際ストーリーがどんな流れになっているのかさっぱり分かっていない。
だから発売されるまでどんな展開になっているのかも知らないから結構発売日が楽しみだ。
その上、一般市民と違うのは、そういう裏方も私は知っている訳で、でも実際のストーリーは知らない状態なので、普通の読者よりも2倍美味しい思いをしているのかもしれない。
それはちょっとほくそ笑んでいたりする(爆)
それはアシをしている特権だな(爆)

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ご近所付き合い

2000年 5月7日

昨日の夕方、約10ヶ月ぶりぐらいに自転車に乗った。
近所に夕飯のおかずを買いにスーパーまで行っただけだが、昨夏から妊娠中、流産後とずっと自転車に乗れなかったので、実に久々だった。
自転車そのものには当然だが乗れるが、産婦人科の先生に自転車は子宮に直接振動が届いてしまうので春になるまで自転車禁止令が出されていたからだ。
尤も家の場合、クルマもカリカリなので、振動はクルマも酷いとは思うのだが(^_^;)
まぁ砂利道は避けてね、と云われていた程度だったから、大丈夫なんだけどね。

そう云えば、一昨日タケノコをお隣さんにお裾分けに行った時、判明したことが。
隣の奥さんは前から私のことを「82さんは若いから、若いから」とずーっと連発していたのだが事実同い年だと分かった。そうじゃないかと思っていたんだよね。
私って、周りが良く云っているんだけど、年相応には見られないらしく、多分私はお隣の奥さんは私より下手すりゃ年下じゃないか? と思っていたから(爆)
私は早生まれなので、実際年は1歳下になるが、学年は一緒で、奥さんはとても驚いていた(爆)
お隣はiMacを持っているとのことで、暫く立ち話をして、色々と分かったこともあって楽しいひとときだった。因みに隣のAさん宅には小学校一年生の娘が一人。
今度、娘さんが学校に行っている間に、奥さんにMacのことを教える、と云う約束をした。
ちょっと楽しみだ。

マンションを購入して、マンション内でまだ親しくしている人が少ないから、こういう新しい出会いは楽しい。それと、親しくなると、お互いの部屋を行き来することもあるので、他の人たちは、家の中をどういう感じで整理したり、インテリアにどんな思考を凝らしていたりするのかそういうのにとても興味がある。
実際、隣のAさん宅と家とは、全く作りが左右逆になっている以外、間取りや広さも変わらないのでどんな具合か、拝見するのが楽しみだ。
マンションと云っても、色々な部屋の構造の違いがあるので、個人的には「お宅拝見イベント」みたいなことをやってくれたら、色々と参考になるのになぁ…って思っている。
まぁ、いくらマンション内に住んでいたとしたって、全室の人と親しくなることって結構難しいと思うしそういうイベントがあるといいのに…とちょっと考えちゃったりもした。
実際、考えても何もならないんだけどね(爆)

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告別式 徒然

2000年 5月6日

4日に日記を更新したはずが、何だか更新されてなかった。まっしょうがないか。
父の葬儀も滞りなく終了して、やっとホッと出来た感じだ。
2日の告別式が終わった後、私は今までの疲れがでたのか9時半には寝入ってしまい、3日は1日ボ〜ッと過ごすことにした。
ここ数日の記憶がかなり曖昧になっていて、自分でもはっきり思い出せなくなっている。
こういうのは無理に思い出すのは良くないので、敢えて自分でもふれないようにした。

4日はお昼ぐらいからダンナのおばあちゃんの家に遊びに行った。
久々だったし、丁度タケノコのシーズンで、おばあちゃんの家の裏庭の一部が竹林になっていて、タケノコがわんさか出ていた。一生懸命にダンナが掘り返して、近所に配ったりするのとか、自分たちが食べる分とかを本数を数えながら掘り起こして行く。
本当だったら、1泊するはずだったんだけど、翌日ママは出かける予定が入っているし、やっぱりGWだし渋滞が心配だったし、お泊まりセットを持っていったけど結局、その日の夜中に帰ることにした。
どっさりとタケノコを持参して帰宅。途中関越の出口付近で4キロの渋滞に嵌まり、その後、環八でも渋滞に嵌まり、帰宅したのは2時半頃だった。
私は、何だかまたもや疲れていて結局、そのまま速攻寝てしまった。
昨日はタケノコを実家や近所のKちゃんのところに持っていくはずで、ダンナにクルマを出して貰うことになっていたのが、何故だかちょっとしたことでダンナの機嫌が悪く、私も頭に来たので結局、重たいタケノコを5本も6本も持って、まずは30分もかけて実家まで徒歩で行き、実家に着いたら既に手がバカになっていた(爆)情けないけど、ビニール袋じゃ食い込んで痛いのはしょうがない。
母は近所に買い物に行っていたらしく、父にお線香をあげて一緒にビールを飲んでいたら母が帰宅。
それからここ数日で母の所は電話が鳴りっぱなしだったことなどを聞いて、ぼちぼちKちゃんの所に出かけようとしていたら、母も駅まで一緒に行く、と云うので一緒に出た。
駅に着く前にダンナから電話が入って、自分の高専時代の友だちから呑みの誘いがあったとのこと。
結局、金もないが久々だし行くことにした。
取り敢えず母とは駅前で別れて、私はタケノコを持って電車で一駅乗ってKちゃんのところにタケノコを届けて、暫くしてダンナと合流し、渋谷でみんなと呑むことになった。
今回は何だか殆ど食べずして呑んだので、帰宅する頃には気持ち悪くて、帰ったら胃薬を飲んで速攻寝た。
何だかふしだらな生活を送っている。
休みが多いと、自分のことができなくなっちゃうので、いい加減飽きてもくるし、良くないなぁって実感した。
今日もここのところ堪っていたドラマの録画をずっと観ていたら、ダンナの機嫌がまたもや悪くなりダンナはふて寝している…。
構ってあげなかったので怒っているのだろう。お腹が空いていたって云ってたし。
まぁ私も悪いのでお互い様だけどね。

しかし月曜から普段の生活に戻るのに、今までの私だったら病院に行く『私の仕事』があったけどこれからはそれがなくなってしまう。
これからの日々、毎日何をして過ごせばいいのだろうか。
ダンナは帰宅が毎日夜中だし、帰ってきてもご飯を食べて寝る生活。
下手をすれば帰ってこない日もあるし、殆ど一人暮らしと換わらない。
一人の時間が長い分、それをどうやって補っていくのかが、これからの私の課題のような気がした。
当面はボ〜ッと過ごしてみようと思っている。
父のことを思い出したりしながら、毎日庭にあるプランターに水を撒いて…そんな感じだろうか。
時間は余っているのでゆっくり考えようと思う。

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父 逝く

2000年 5月1日

29日、日記を書き終えた後、終電でダンナが帰宅。それが1時半頃だった。
洗濯をしていたので、お風呂に先に入ってから干すか悩み、シワが増えるから先に干し始めたのが2時過ぎ。丁度その時、TVから伊達公子が小学生にテニスのことを教えている番組が流れていた。
洗濯物を干し終えたのが、恐らく2時20分頃。
さ〜てお風呂に入って寝ようかな、って思っていた時、電話が鳴った。
イヤな予感がした。
案の定、母からの電話だった。
入院している病院からの電話が入ったとのこと。
ダンナが帰ってきていて良かった。クルマで実家の母を拾って病院に着いたのが3時7分。
2人部屋のもう一人はどこかの部屋に移されていた。
父はずっと眠っている。
看護婦の話だと、ちゃんと心臓が機能していないからキケンな状態だと云うことだ。
血圧は問題ないのだが、心拍が1分間に28回とかになっている。通常の人は80〜90ぐらいなのに。
その上、呼吸も1分間に5〜6回になっているのだ。通常だったら20回ぐらいあるのに。
病院の公衆電話で、父の兄に電話した。それが3時半頃。
それからずっと病室で母と私とダンナと、うとうとしながらも父を見守っていた。
4時半頃、叔父が来た。父はずっと眠ったままだ。
結局、私とダンナは一睡もしていないし、取り敢えず朝までは大丈夫そうだから、と云うことで一度家に戻ることにした。それが5時半。
帰る前に、父の顔をみたら、うっすら目を開けていたが、話しかけても大きな反応はなかった。
もう喋られなくなっているし、相づちも父には大変な運動だ。
でも多分分かっていたのかな? って思う。
それが父と顔を合わせた最期になってしまった。

家に帰って、私はお風呂に入って寝たのが7時前。
母は、家に帰っても眠れないだろうから、と云って、一端家には戻ったが、朝ご飯を食べたり色々と準備をしたりして、また病院に向かった。多分7時半頃には病院にいたはずだ。
8時半頃に電話が鳴った。が、私は全く気づかなかった。疲れていたみたいで、電話の音が全く聞こえなかった。珍しく、ダンナが音に気づき、私を起こした。
リビングにあるピッチが鳴っているはずだ、と思い走った。
電話を取ったら母だった。

8時25分に父は永眠した。
母の話によれば、臨終の時も母は傍にいたけど全く分からなかったらしい。
突然、看護婦が病室に来て父を調べたりして初めて分かった、と母は云っていた。
その時私は、全くと云っていい程気丈だった。
反対にダンナが大声を上げて泣き崩れたのが印象的だった。
ダンナに向かって「泣くなっ!」と叫びながらテキパキと準備をして9時前には病院に入った。
父は未だ暖かかった。
気を済ませたくないので、泣くまいと固く誓ったけど、やっぱり涙は止まらなかった。
それから葬儀屋の手配とか、親戚に電話とか葬儀会場での打ち合わせとか、大変だった。
結局葬儀会場などの問題で、5月1日に通夜。2日に告別式をすることになった。
5月2日は父と母の35回目の結婚記念日だ。

4ヶ月間ずっと闘病生活を送っていた。
暮れに左手が麻痺して観念した父は病院に行き、年明けに精密検査をして、肺癌だと判明。
しかし脳に転移していて余命半年と告知された。
それからずっと父の病院生活は始まり、私と母は病院に通う日々だった。
不幸中の幸いだったのが、脳に出来た癌の場所が神経を麻痺させていたので、本人は全く痛みを感じていなかったことだ。
それだけは良かったと本当に思う。
ずっと父の闘病生活を日記に記していたが、それもノート1冊で終わってしまった。
今はきっと自分のやりたいことをしているのかな?
ゆっくりと休んで欲しい。


家に居ても落ち込みそうだし、一昨日の夜は近所にいるKへー君とkちゃんとダンナの4人で外食し、今日はKへー君の車をいじっている間、私とkちゃんは新しく出来たセンター北のモザイクモール気晴らしに行ってきた。
今度はもっとゆっくりと遊びに行こうね、kちゃん。

今日はどうやら雨の葬儀になりそうだ。

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家庭菜園と庭

2000年 4月29日

従姉妹の話だと、フランスではトマトの栽培で農薬を使用したくないので、虫がついた所に霧吹きで牛乳を吹き付けて除去しているらしい。
虫にもアブラ、牛乳も脂分があるということで、虫が動けなくなって死ぬらしい。
本当かどうか分からないけど、農薬を使うのはイヤなので、早速霧吹きを100円ショップで購入した。
明日は朝頑張って起きて牛乳を吹き付けるのだ。そして頑張って育って欲しい。
でも今そのバジルはただのバジルでスウィートバジルはまだ種まきをしていない。
こっちのバジルはちょっと生で食べるには抵抗があるので、乾燥させて細かくしてパスタにふりかけて使ったり、ペーストにして使ったりする用なのだ。
バジルペーストは作り置きが出来るので、頑張って挑戦だ。
今度、誰かが遊びに来た時、生パスタにペーストしたバジルを混ぜて、バジル風味パスタにしようと考え中。さて、それを食べれる幸運の持ち主は誰だろう…ふふふっ。
ルッコラにもアブラムシが付いていたので、牛乳だわ。
しかし、ダメかなぁと思っていたルッコラも何とか根付きつつあるから、大丈夫かも。
その内早いとこ、園芸ショップで新しいプランターと土とトマトの苗を買ってこなければ。
種からだとやっぱりちょっとトマトは難しいみたいなので、苗から再挑戦だ。
なかなか育てるって云うのは難しいね。

世界は一面春爛漫で、躑躅もあちこち咲き乱れているのに家の庭のデフォルトで植えられている躑躅はまだ花すら咲いておらず、何時になったら咲くのかちょっと不安になってきた昨今。
それに家の並びのお庭はいつの間にかみんなで一斉に芝刈りをしたらしく、綺麗に青々としているのに家の庭だけ延び放題だし、枯れ芝がまだ残っている。
まぁ家以外の家の並びはみんな幼稚園ぐらいの女の子がいるので家族ぐるみで仲良しさんなのでしょうがないが、家も早いとこ芝刈り機を購入して芝を刈らなければ…。
実は去年、引っ越して間もなく芝刈り機を買いに行ったのだ。
確かにハンズとかにはあるがとても高い。近所のダイクマだったらもう少し値段も安いはず、と思って行ったらないんだよね。店員を捕まえて問い合わせたら、季節モノだから7月〜9月の間しか売っていないらしい。因みに家が引っ越したのは10月9日。
間に合わなかったからしょうがないんだけど、一斉に並びの庭が綺麗になっちゃうと妙に家の庭だけが手入れをしていない汚らしい庭って感じを受けてしまう。
その上、家以外はみんなお庭にカラフルな子供用のブランコとか滑り台とかが置いてあるのでより一層華やかだ。まぁこれもしょうがないがないんだけどね。
反対側にも庭が並んでいるんだけど、そっちはみんなそれぞれが個性を出している庭だからそんなにここがって目立つこともないんだけど、家だけは何だかタイミングが悪いと云うかどうも目立ってしまう。庭の隣りは畑なので、直接周囲に観られることはないって思うかもしれないが、川沿いで土手を歩く人、マンションの上に住んでいる人には丸見えで、それを考えるともっと恥ずかしい…・(*^_^*)
まぁもう開き直っているけどね。花粉症が酷くて殆ど2-3月は庭に出なかったから、並びのお庭が綺麗になっているとは思いもしなかったし。
こういうのって結構気になっちゃう。やはり早いとこ芝刈り機が欲しい。
(でもダイクマは安いが7月からの発売だしね…とほほっ)

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ボーンコレクター

2000年 4月28日

昨日、予告していた通りに港北シネマズで『ボーンコレクター』を観てきた。
「怖い映画、怖い映画…」って構えて観ていたからかなあ、犯人が結構呆気なくてちょっと「え〜っ、こんな感じで終わりなんだぁ」って感じだった。が、まぁレディースデイで1000円だし何分、誕生日にも拘わらず奢ってくれた従姉妹に感謝なのだ。
でも面白い映画だったけどね。
しかし、デンゼル ワシントンが痛々しくてねぇ。
自分の父が今病人だから、とても他人事では思えなくて…結構リアルだったしね。

家からバスを乗り継いで港北東急に行って来たけど、何だか平日だからなのか人がまばらだった。
その上、店内改装をGW明けにするらしく、所々でバーゲンを。
しかし面白かったのが、あちこちにポスターが貼ってあるんだけど、そのキャッチが凄い(爆)
『北に行くより南においでよ』
地元の人だと分かると思うが、3月17日にセンターにオープンしたモザイクモール(都筑阪急も隣接)を意識しているのだ。
露骨だけど面白い。広告関係の仕事をしていた人間としてはそそられるけど、一般人はどこまで理解しているのだろうか。
因みに港北東急はセンターにある。
やはり新しいものに押され気味なんだろうか、お気に入りだったピングーやモモグッズを扱っているお店もGW明けに閉店だ。(まぁSCにキディーランドがあるからいいんだけど)そんなこんなで店内をあちこち歩き回っていた。
映画を見る前にグロスをゲットし、そしたら従姉妹も色が気に入って同色を購入。
映画の後は、例の首からぶら下げるストラップを探したが、結局、いいものが見つからず諦めていたのだが、ディズニーストアで、何故かナイトメア ビフォア クリスマスのものがあってそれをゲットした。
元々ナイトメアも好きなんだから、問題はないはずなんだけど、なんせ今、付けているストラップがピンガとモモだからねぇ。そこに黒のナイトメア…・異色すぎる(爆)

欲しかったものはゲットしたので、港北東急で用が済んだし従姉妹は誕生日だし、パパスカフェでケーキセットを頼んで帰宅。
帰りは行きよりも時間がかかって、結局1時間ぐらいもバスに乗っていた。
クルマが運転出来れば早いんだけどねぇ…。
なんだかどれもこれも全部八方ぶら下がりでイヤになっちゃうわ。


昨日、出かける前に菜園に水をあげていた時に衝撃的な事実が…
「バジルの葉っぱの裏にびっしりと虫が…」
きゃ〜っ、どうしましょう。

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