Nursery’s Diary

出産から退院まで その1

2008年 11月7日

11月1日。

10時過ぎに病院に入る。
バスがタイミング良く乗れたものの、超満員で立ったまま駅前まで…(苦笑)
そこから徒歩で病院まで来た。

産道は大分柔らかくなってきているものの、まだ陣痛の間隔は短くない状態。

ノンストレステストを受けてお腹の張り具合と胎児の心拍を確認したりして、胎盤の元気度などを確認したものの、至って元気。

先生的には、まだ促進剤を使ってどうこう…と云う母体や胎児に対する危険度がないため、自然に陣痛が来れば…と考えているみたいで、一先ず、ダンナが里帰りMTG(AUTECHオーナーの為のMTGのイベントが本日、大磯ロングビーチで行われているのだ)から帰ってくる夕方まで、病院で入院することに。

昼食。

病院に居てもすることもないだろうし、家に帰って色々と動いた方がいい…って話だが、タクシーは3連休の関係で呼んでも30分近くかかるって云われたし(電話して確認してみた)陣痛や破水が来て、バスに乗って来るにしても、10分、15分では病院まで来られない。

と云うことで、ダンナが帰ってくる夕方までに産気づいたらそのまま入院だが、まだ時間がかかりそうって状態だったら一端、帰ることになりそうだ。

でも、今までよりは頻度が高めでお腹の張りは出てきてはいる。


もう、病院は完全に私一人の貸切状態(爆)

先生も看護士も助産師も、家の家族もみんなヤキモキして出てくるのを待っている状態だ(苦笑)


**********

夕方まで陣痛らしい間隔が大体20分前後。
まだまだ定まった感じではなく、産道は柔らかくなってきているものの、子宮口は2cm程度しか開いておらず。

夕方になってダンナとRayが病院に立ち寄った時、一端一緒に帰って、間隔が15分で定まったら再び病院に入ればいいから…と先生に云われたが、荷物の一部を纏めて、着替えて移動した所で、ある一定の間隔で陣痛は来ているし、それで家に帰った所で、何も出来ないだけでなく、nismoが居るからゆっくりもあまり出来ないだろう…。
それに間隔が定まったらまた病院まで移動しなければならないのも、面倒(と云うのと大変そう)と思ったので、結局、そのまま病院に残ることにした。

17時に夕食(はやっ)有頭エビのフライだったため、Rayが凄く食べたがっていたのだが、その後何も食べられないため、自分が食べるようだからと説得(笑)

ダンナとRayが帰宅後、夕食を食べTVを見ていたら、15分間隔で陣痛が来るように…。

来ない時は大丈夫なんだが、来ている時は結構悶絶。

家に帰っていたとしても、直ぐにこの間隔になっていたし、家に戻った所で、悶絶していた訳だし、何も出来ない上、nismoにちょっかいだされたりしていたゆっくりも出来なかっただろうから、病院に残って大正解だったかも。

その後、23時台には頻繁に陣痛が来るようになり、暫くは自分で頑張って、お尻の上辺りを拳で叩いて何とか陣痛が来た時、息まないようにしていたが、1時半にはとうとう我慢出来ず、ナースコールを。
夜勤で入っていた助産師が、同じ名前のKさんで、とってもチャキチャキしていて話も合う感じだったので良かった。

Kさんに叩いて貰ったりしていたのだが、間隔がとうとう5分を切るようになり、分娩台の準備をしてくるから頑張って、と云われ頑張ろうとするものの、あれに我慢するって云うのはかなり無理が…(苦笑)

結局、再びナースコールをして、Kさんを呼び、陣痛が治まった時に手助けして貰いながら何とか分娩室へ移動。

もう息みたくて、出そうだしヒーヒー云っていたのだが、Kさんに退院を早めたいんだったら、出来るだけ息まず、縫わないようにすること、と云われていた。
だが、あの状況になると、もうどうでもいいや…的な気分になり(爆)

1時50分頃、分娩室に入って椅子に座って陣痛と闘っていたのだが、もう我慢出来ず。

Kさんが、先生に連絡を入れようとしたのだが、電話の呼び出し2コールで、私が次の陣痛の波が来て悶絶し息み始めてしまったため(爆)電話を切り慌ててこっちに戻ってお尻の辺りを抑えた。

もう無理〜と話して、分娩台に上がったのが2時。

待機していた先生も直ぐに来て、それから出来るだけ陣痛時呼吸で逃げるようにして、出来るだけ息まないように…って云われて、実際Rayの時も経験したし、頭では分かっているのだが、実際それを出来るかって云うと、出来ない!(爆)

結局、陣痛の波に我慢出来ず、息むことにして、髪の毛が見えてきたよ〜って云われてからが、もう息む、の繰り返しで、バチだか、ガキだかって音がしたと共に、結局避けた…(苦笑)

もうその時は避けて縫ってもいいや…って考えしか浮かばず。

早く出したい一心で(笑)

結局、分娩台に上がって18分で、11月2日、2時18分、3156gで男子を出産した。


今回は産まれた瞬間をカメラで抑えることも出来ず。
まぁ貴重品は持ってきていたので、ケータイで撮れば撮れたのだが、今のシャアケータイのカメラの質は悪いので、瞬間は撮らなかった。

たまたま、出産途中にダンナからメールが入っていたので、確認しつつ、電話を入れ産まれたことを報告。

数分後、病院に到着。
そのまま分娩室に入ってきても良かったのだが、ダンナ、血とかダメだから(爆)助産師が、ある程度その辺のものを片付けてから分娩室に入ってご対面。

元気に産まれてきたのだが、右耳が塞がったままの状態で産まれてきた。

左耳はちゃんと普通なので多分問題ないだろう…と云う話だった。

退院後、大きい病院で形成外科と耳鼻科で精密検査を受けるようになるって説明を受ける。

身内に同じ状況なのがいるので、それほどショックはなかった。

左耳だけでも聞こえていれば、生活に支障はないってことが分かっているので。

今の医療技術は発達しているので、綺麗に形成出来るだろう。

近眼は遺伝率が高いため、ダンナの亡くなった父も酷い近眼だったし、ダンナもかなり悪い。
Rayも何れメガネを使う可能性もある。
まぁ、生活環境で、目が悪くならないように確り見ていれば、ある程度は回避出来るって助産師には云われたけどね。

この子もメガネがかけられる状態には何れしなければならないだろうな…。

後産後、避けた部分を先生に縫合して貰って、局部麻酔を打って貰うのだが、前回よりは効いていたがやはり肛門傍は効かないから悶絶(爆)
それが終わってからダンナが分娩室に入れたので、ダンナは卒倒せずに済んで良かったよ(爆)


病院は完全私の貸切状態なため、先生も助産師も独占状態(笑)
謂わば、完全看護状態なセレブを堪能出来ている状況だ(爆)

他に入院者も出産した人も当然居ないので、部屋も個室の中では陽当たりのよい広い部屋を使っているし、看護室から一番近い所に居るし、個人の産院だからフレンドリーでアットホームだし、地元だし…ここの病院で良かった。

そんな具合で、院内でケータイを使ってもオッケーだし、一応、消灯時間は21時だが、その後もTVなど見ていてもオッケーだし、そういうフリーな点は有り難い。


貸切状態なため、子供の取り違えとか間違いなども起きる訳もないのだが(爆)一応儀式みたいな感じで、子供の足の裏か脛に名前を書くことになっているって云うので、ダンナが脛に大きくひらがなで名前を書いて笑っていた(笑)
「タトゥーみたいだなー」って(笑)

その後、2時間は分娩台で点滴を打ちつつ、経過を診るため残っていたのだが、その間もダンナは子供を抱いたり見たりしつつデジカメっていて過ごし、2時間経ったので部屋に戻ったが、前回同様立ちくらみが起きた。

前回は産んで後産が終わった後、気持ち悪くて直ぐに吐いたのだが、今回、それがなかったので大丈夫か? と思ったのだが、部屋に戻る前にトイレに立ち寄って行ったのだが、立ちくらみが酷い上、やっぱり気持ち悪くなって、トイレで吐いた。

ベッドで横になっていれば取り敢えず安定しているので、痛みと耐えながら、暫くダンナと話をしたりデジカメったりして、ダンナが病院を出たのが、5時半前。

その後、直ぐにブログに報告と画像をアップして寝たようだ。

19:44 カテゴリー:Nursery's Diary | コメント(0) »

退院しました

2008年 11月7日

6日午前中に退院した。

本当は病院側からは7日に…と云われていたのだが、Rayの学校のこともあるし、家の中がきっとえらいことになっているだろう…と云う心配など色々あったりしたので、体調など見て大丈夫そうだったら6日に退院を…とお願いをしていたのだが、無事退院出来ることが出来た。

だが、先天性の病気の検査は生後5〜6日に行うため、土曜に再び検査のため病院には行くことになっている。


さて、肝心の名前だが…

ダンナが結構前に候補に挙げていた名前があった。

家は漢字一文字で音読み…と云うのに拘ってRayの時も名前を付けたので、今回もそれに習って考えていた。

もうその名前で決まるものだと思い込んでいたのだが、ダンナが未だ完全にその名前に決めていた訳ではないようで、出産間際になって別の候補を挙げてきた。

結局、そのふたつの名前から決めよう…と云うことにはなったのだが、その候補の名前、Rayの「れ」に合わせたものと「い」に合わせたものとに分かれている。

最初に考えていた名前は「い」に合わせた方。

だが、Rayも私も間際になって候補に挙がってきた「れ」に合わせた漢字の方がいいのでは…と話していた。

でも、その漢字、かなり画数が多い。

我が家の苗字は比較的に画数が少ないので、苗字と名前のバランスがあまり良くない…と云うのと、小学校低学年頃までは、画数が多い名前だと、バランスも取りにくいし、巧く書けないのではないか…と云う考えが浮上。

それと、「れ」で合わせると、Rayを呼んでいるのか弟を呼んでいるのかの見分けが難しい時が出てくるかも…と云う理由などから、結局、最初に考えていた「い」に合わせた名前に決めた。


名前は



ケイ(kay)

に決めました。

これからどうぞよろしく(^-^)


退院した足で区役所に出生届を出しに行ったのだが、ダンナが微妙に漢字を書き間違えた状態で提出してしまい(爆)備考欄に訂正されていたって話…(苦笑)


そして、案の定想像していた通り、家の中はえらいことになっていた…(丶´,_ゝ`)

2:01 カテゴリー:Nursery's Diary | コメント(10) »

ありがとうございます

2008年 11月3日

コメントありがとうございます。
パソコン環境ではないので、個々にコメント返しが出来なくてすみません。

しかし、8年近く経つと全く忘れていたり、かなり前と違ったりして驚くことが多い。

今は授乳前に洗浄綿で綺麗に拭い去ったりしないんだって〜。

一箱も買っちゃったのに(爆)

0:41 カテゴリー:Nursery's Diary | コメント(0) »

産まれたー

2008年 11月2日

2日2時18分
3156g
男の子。

かなり元気。

分娩台に上がって20分で産まれたよ。
だけど、もう痛くて我慢出来ず、裂けちゃったため傷口が痛くて一睡も出来ず…(T_T)

立ちくらみが酷いから起き上がれない〜(・ω・`*)




8:58 カテゴリー:Nursery's Diary | コメント(11) »

タイミングが悪い

2008年 10月30日

まだ産まれません(爆)

昨日の検診で予定日修正をされ(今更だよ…センセー)昨日か今日あたりが予定日だったかもねーなんて云われて、相変わらず陣痛が来ない状態。

昨日は検診後、夕方Rayと川沿いを40分ぐらい歩いて今朝はダンナと一緒に駅前まで出て必死で階段を上り下りして、往復で40分近く。

大分歩いている時に下腹部が張るようになってきているものの、まだ産まれる気配がないので、今日も夕方散歩に出かけ1時間近くnismoとふらふら川沿いをウォーキング。


実は、産まれないためダンナが異様にヤキモキしている。

それには理由がふたつあって、ひとつはホントに中々産まれないのでヤキモキしているだけなんだが、もうひとつは、実は明日の31日付けで今の会社を退社することになっているのだ。

で、次の会社はもう決まっているので、直ぐに新たな会社で働くことになっているのだが、保険証の問題が…。

今は社会保険なのだが、新しい所は何れ社会保険に加入すると云うことなんだけど、取り敢えず今の段階では国保に入らなければならない。

だが、タイミングが悪いことに、31日は金曜、その上、土曜から3連休で、週明けが4日の火曜になってしまう。

と云うことで、手元に保険証があるのが、30日の本日いっぱい。
31日に保険証を会社に返還しなければならず、手続きは週明けの4日からしか出来ないと云うことが判明。

分娩時の入院で、保険証は持っていかなければならないので、当初の予定日通りに産まれていれば、こんな心配をしなくても良かったのだが、中々産まれないため、保険証の切り替え時に出産がかかってしまう…と云うとんでもない事態に陥ってしまったのだ。

どうすればいいんだ…と朝からダンナとてんやわんや。

で、国保の手続きは4日にするものの、有効日自体は1日からだから、病院側にその旨伝えて手続きをしてください…と云うことだった。

役所に電話したり、HPで調べたり、病院に電話したり…ともうあちこちに電話をかけてかなり疲れた(苦笑)

だが、結果的には、今の保険証をそのまま使うことになった。

と云うのも月々の保険料を支払い続ければ、向こう2年間、継続手続きを踏めば社会保険証が使える…と云うことが分かり、だったらそのまま継続手続きして貰った方がいいだろう…と。

国保って高いんだもん…

ただ、以前も国保を使っていた時期があったのだが、ダンナが云うには、あの時は扶養の手続きをして貰っていなかったため、3人分の保険料を支払っていたから金額が高かった…と云うのだが、扶養に入ったとしても社保の方が安いと思うんだよねぇ…。

でも結局の所、一端は返還し、新たに継続手続きをして、社保の番号が変わってしまうので、どちらにしても手元に保険証がない状態で出産を迎えることになるのだが、まぁ仕方がない。


病院に事情を説明するため電話したのだが、助産師さんにも代わられ現状報告することに。

頑張って歩いていますけど、まだ陣痛が来ません…

と話をしたが、それなりに兆候は来ている…と判断された。

今日待って、もし来なかったら、明日9時に病院に入って、促進剤使ってもいいよ…と云う話にもなったのだが、ひとまず、明日まで様子を見てからどうするか判断することにした。

私は、実は促進剤の経験は既にあって(一卵性の双子を死産した際、胎児摘出時に使ったのだ)別段、自然に任せたいとかそういう拘りはないので、促進剤を使って分娩することに抵抗はないのだが、ダンナがリスクはないのか…と云う心配をしているようで…。

未だ産まれないのかよ〜

って散々文句を云っていた割には結構ダンナはチキンです(爆)

まぁ年齢が年齢だからねぇ…

リスクはRayを生んだ時よりも高いのは確かだけど…。

とにかく、五体満足で産まれてくれればいいよ…。

あともうちょっとだ、頑張れ、オレ。


朝、ダンナと一緒に駅前まで出たのだが、地元に慶應があり、その敷地内を通って山越えするのが一番の近道。
上り階段を必死で上り駅前に出たのだが、各局のTVカメラがわんさか。

今朝のニュースで、慶應の学生が大麻の売買で逮捕されたため、それで取材陣が来ていた…と云う状況。

学生を捕まえてはインタビューしていたよ(苦笑)

駅ビルには東急が入っているのだが、そこで長蛇の列が。
なんだろう…と思ったら10時開店と同時に整理券配布と看板が出ていて、そのための列だった。
開店待ちの列だと思って一緒に並んでいたのだが、その整理券、どうやら堂島ロールの限定発売のための整理券配布の列だった。

限定50名様だって。
でも、ラゾーナに行けば何時でも買えるので、その列からどいた。

買っても良かったんだけど、販売時間が11時半からって書かれていたので、そこまで待っているのはかったるい…と。

でも結局、その後ユニクロでRay用のダウンジャケットや長袖Tシャツで小さくなったものの補充として買い物をしていたらそれぐらいの時間になっちゃったんだけど(爆)

ダウンは青のが去年買ってあるのだが、去年までは幼稚園の制服だったからアウターが少なくとも問題なかったが、学校に通学するようになって、私服だと流石にダウン1着だけでは厳しい。

ってことで、ユニクロでゲット。

でも思った程厚手じゃないんだよなぁ…

エアテックだからだろうか…。

まぁその家また出るのかもしれないけど、下に着こめばいいか…(笑)

赤にするか黒にするか散々悩んで…(笑)
ランドセルだって赤がいいって散々ごねていたから赤にしようか…と思ったのだが、インナーで結構赤系を着たりするので、やはり合わせるのであれば黒の方だな…と結局、黒を買ってきた。

帰宅したRayにサイズ確認のため着させた時、赤か黒か悩んだことを話したら
「赤は流石に恥ずかしいから黒でいいよ」
とアッサリ云われた。

あんなにランドセルは赤がいいって云っていたくせに(爆)

好みも少しずつ変わってくるもんなんだなー。
(でも次にカートのレーシングスーツを新調する時は赤にしてくれってこの前頼んできていたけどw)

16:41 カテゴリー:Nursery's Diary | コメント(2) »

5級へ

2008年 10月29日

10月28日。
授業参観後の火曜のスイミング。

ダンナが自宅で仕事をしてくれたので、スイミングに少し顔出しをする…と行って貰った。

今週のスイミングは進級テスト週間だったので、Rayには
「今日、パパが見に行くって云っていたから、頑張って合格しなよ〜」
とハッパをかけていたのだが、Rayはそれに対して
「多分今日、合格すると思うよ」
と余裕綽々だった(爆)

ちょっと作業をしていたので、行きは普段通りスイミングバスに乗って行き、途中からダンナが見に行ったのだが、テストは合格し、5級へ進級した。
5級からはバタフライに入るので、今まで青帽子だったのが、今度は水色帽子になる。

ダンナが帰りがけに「水色帽子買って帰る?」と連絡をくれたので、買って帰ってきて貰った。

Rayが「バタフライは厭だなぁ…」と嘆いていた。

まぁ、バタフライをクリアしたら、スイミングは辞める予定だ。
それ以上続けると、今度は選手コースに入り、メドレーの練習になって、選手コースに進むと、レースや大会に借り出されることがメインとなる。
当然休日に行われるため、カートと被ってしまうし、そこまでスイミングは続けたくない…と本人も話していたし、バタフライまで泳げれば、学校の水泳の授業でも遅れることはないから安心だしね。

と云うことで、来年の夏ぐらいまでにはバタフライもクリア出来ちゃうかも???(笑)

22:11 カテゴリー:Nursery's Diary | コメント(0) »

後期授業参観

2008年 10月29日

10月28日、授業参観日。
何でこの時期に?
後期に入ったからです…。

まだ産んでいないので私が行ってもいいのだが、ずっと立ちっぱなしの間に破水でもしたら大変だし…と云うことで、ダンナに会社を遅刻して行って貰うことにしていたのだが、その日は自宅で作業をする…と云うことになったので、クリア。

低学年は3時間目、高学年は4時間目と云う指示が、月間行事の手紙に書かれていたので、その時間帯に合わせてダンナに学校へ行って貰った。
丁度、3時間目の前は20分間の長い休み時間があるため、多分校庭で遊んでいると思う…と話していたのだが、その通りだったようだ。

しかし、体育の授業を授業参観って…(苦笑)

マンション内のママ友KTさん(実はRayとN君は同じクラス)に後から聞いたら、一応3時間目が授業参観ってなっているが、どの時間帯に行ってもよいって話だったそうで、KTさんは2時間目にやっていた国語の授業を見に行ったそうだ(当然? 教室に他の保護者は案の定居なかったらしい…w)
その後、体育を少しだけ見て帰ってきたって話だった。

休み時間中


体育の授業は体育館で行われたようだ。

準備体操。
首を回している所。
あらぬ方向を見ているのが笑えた…(笑)

この日の体育は「縄跳び」
実は今日、初めて縄跳びをする…と云うことだったのだが…ダンナが云うにはRay以外の子は全員縄跳びが跳べていたそうだ…。

幼稚園でも大縄跳びなどの遊びはしていたけど、一人で縄跳びと云うのはやったことがない。
私も縄跳びは小学校に入った時に本格的に教わって跳べるようになった記憶があるし、そういうことを授業で教えるものだと思っていたので、敢えて予習などしていなかったのだが、クラスの殆どの子供は予習と云うか、特訓をしていたようで、最後の方はRayはいじけていたようだ…(苦笑)

ダンナが指示をしつつ跳んでみるが、縄跳びとジャンプのタイミングが全く合っていない。

腕も後ろに回してしまうため、1回は奇跡的に跳べたとしても、次には続かない…。

跳べないため、個別で担任が見ていたようだ…。


だが聞いた話ではちょっとどうなの?(苦笑)と思った。

大体、初めて縄跳びをする日だったのだ。
女の子は案外、こういうことは器用だし、跳べる子が多いのは分からんでもない。

だが、前飛びだけでなく、数分経ったら今度は後ろ飛びをして、更に数分後にはあや飛びまで行ったそうだ。

初めての縄跳びで、後ろ跳びは百歩譲るにしてもあや飛びまで跳ぶか?

当然、Rayは前飛びだって跳べないのだから、後ろ飛び、あや飛びが跳べないのは当然のこと。

いじけてしまう気持ちも分からんでもない。

そして、跳べていない子が居る(と云ってもRayを含めて数人居るかどうか…)のに、そういう子は無視して、跳べる子重視で、あや飛びまでやっちゃう訳だ…(丶´,_ゝ`)

元々、この担任には不満が多かったが、今回もか…と話を聞いて更にこの担任には不信感が…。

大体、給食のおかわりの時、横入りされたRayがそのことを担任に話したら
「横入りされるような並び方をしていたRayさんが悪い」
と云った所からして、もう不信度アップだったので、早い所、2年になってもっといい先生になって欲しいと思うのであった…。

21:06 カテゴリー:Nursery's Diary | コメント(0) »

賞品を組み立てた

2008年 10月27日

ダンナに指示を受けつつ、はんだを使って作ってみた。

取説が漢字で書かれているため読めない部分が多いから、ダンナと一緒に進めていく。

そして完成。

でもLEDの不具合なのか、真ん中だけ点かないことが判明。

LEDを交換すれば大丈夫かなー。

14:14 カテゴリー:Nursery's Diary | コメント(0) »

賞品と賞状

2008年 10月25日

先日、ワークショップコレクション 2008でRayが行ったはんだdeお絵描きで作ったGT-Rのエンブレム。

優秀賞を頂いた、と云うことを先のブログで書いたのだが、本日、賞品が届いた。

当然、はんだを使って作るもので、さいころの目を自動的に出せることが出来るキットのようだ。
Ray的にはかなり楽しんで作れるものではないだろうか(笑)

で、賞品と一緒に何と賞状まで入っていた。

ホントいい想い出になった〜♪

7歳での出来事で、大人になったら忘れてしまうかもしれないけど、子供の頃に色々な経験が出来ることはとってもいいことだと思う。

22:46 カテゴリー:Nursery's Diary | コメント(0) »

全体遠足

2008年 10月23日

今日はRayの学校では、全体遠足。
縦割りでクラス内でもグループ分けをして、1年から6年までの同じグループで遠足に行く、と云うもの。
クラスが少ないため、そういう遠足も行われているようだ。

グループによって行く場所が全て違う。
唯一近場だと徒歩で行く公園。
後は、電車を利用して行く公園などで、Rayは今回初めて電車2駅先にある公園に行くことになっている。

正直、天気が微妙。

明け方何度もトイレに起きたのだが、 4時頃、もの凄い勢いで雨が降っていた。
「嗚呼、遠足は延期だな…」
と思いながらまた寝入るが、ここ数週間は完全に夜型になってしまっていて、朝になってから眠気が来ていたのだが、昨日の親の掃除機のお陰で殆ど寝られなかったので、ちょっとだがウトウトは出来た。
(でもやっぱり寝たりない…)

遠足が延期になっても、給食の準備が今日はないため、お弁当は持参して登校しなければならない。

どちらにしてもお弁当は必要なので、いつもより気持ち早めに起きてお弁当の準備をしつつ、天気予報を確認。
6時発表で、6時台は曇りだが、12時、15時以降全て雨マーク。

お天気お姉さんも「今は晴れ間が見えている所も雨になるので傘は絶対に持って出かけてください」ときゃぴきゃぴ話していた…(苦笑)

天気が微妙な場合は、遠足の準備と学校の準備と両方を持たせて登校させることになっていて、流石にリュックとランドセル両方は無理だろ…と思った。

Rayが起きてきた時、かなりどんよりとしていた天気だったため「雨は午後には確実に降るから遠足、微妙かもね。両方持っていかないとダメかな」と話した途端、半べそ(相当縦割り遠足を楽しみにしていた模様)

「だったらもう学校に行かない!」

と泣き出す始末…(苦笑)

ママ友にメールして、両方持たせるべきか…と確認した所、こういうこともあろうかと学校側はちゃんと考えていたようで、今日の時間割に必要なものは全て学校に置いてきていて、下敷きと連絡帳と筆箱だけ持ち帰ってきていたらしく、それだけをリュックに詰めて、遠足に行くのであれば学校に置いていくように…と指示をして登校させる、とレスが来たので、家もそれに倣った。

今、横浜は晴れ間が出ている。

でも確実に雨は降ることになっているため、多分このまま遠足は決行して、前倒しで早めに帰ってくるのではないか…と話していた。

今日、遠足が延期だと、次は11月6日。

それが延期になると、今年の遠足はなくなるのかな…それ以降の話は出ていない。

1年は既に学年遠足は済んでいるが、2年の学年遠足が11月7日に野毛山動物園に行くことになっているそうで、今日が延期になると、6日、7日と2日連日で遠足に行くことになるから、先生方にしてみれば、何が何でも今日遠足を決行するんじゃないか…と云う話もした。

どちらにしても早めに出発して、とっとと帰ってくるだろうな…。

雨具はリュックに入れてあるが、合羽だし、帰りは確実に雨だろう…と踏んでいるので、Rayには傘を持たせ学校に傘立てに置いていくように…と指示をしておいた。

さて、筆記用具などちゃんと出して遠足に行くかなぁ…。
まぁ水筒が重いって嘆いていたから大丈夫かな…(笑)

8:18 カテゴリー:Nursery's Diary | コメント(1) »
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